3月に集中する需要を、どう平すか ── 国交省の分散化政策と閑散期の受注づくり
国土交通省は、引越し時期の分散を継続して呼びかけています。経済団体を通じた企業への要請、省職員の異動における「赴任期間」の活用。ただし、分散が進むかどうかを実際に決めているのは、閑散期に問い合わせを受け止められる事業者がいるかどうかです。繁忙期に足りないのは車両より人の時間、閑散期に足りないのは問い合わせの入り口。この2つは同じ打ち手で改善します。

引越しの繁忙期集中は、業界の誰もが知っている話です。 しかし、国が何をしているのか、分散が進んだ場合に自社の収益がどう変わるのかまで整理されている資料は多くありません。 本記事は、政策の中身と、事業者側で打てる手を並べます。
国土交通省は何をしているか
国土交通省は「引越しの分散」について専用のページを設け、資料を公開しています[1]。 施策は、消費者に向けたものと、企業・行政に向けたものに分かれます。
| 対象 | 内容 | 事業者から見た意味(当社整理) |
|---|---|---|
| 企業・経済団体 | 民間企業の異動時期の分散化を、経済団体を通じて要請 | 法人契約の日程交渉が通りやすくなる下地 |
| 国土交通省の職員 | 4月異動時の「赴任期間」を活用し、引越し時期を分散 | 官公庁自らが実践している。交渉材料になる |
| 消費者 | ピーク時期の引越しを避けるよう協力を依頼 | 時期をずらす提案が、お客様に受け入れられやすくなる |
| 消費者 | 「かしこい引越チラシ」(全日本トラック協会作成)等の資料を掲載 | 説明の裏付けとして自社の案内に引用できる |
| 消費者 | 引越しに関する消費者向けQ&Aを公開 | 約款の内容を説明する際の根拠 |
ピークはいつか
国土交通省は、3月から4月にかけて依頼が集中するとしています[1]。 報道によれば、3月の引越し件数は他の月の約2倍で、最繁忙期は3月中旬から4月上旬。 同省は2月以前または5月以降といった混雑時期を外した引越しの検討を呼びかけている、と伝えられています[2]。
※「約2倍」は報道による数値です。国土交通省は大手引越事業者の月別引越件数を資料として掲載していますが、公表形式は主にグラフで、月別の具体的な件数の一覧は本記事作成時点で確認できませんでした。
利用者の声として紹介されているもの
同省のページでは、時期をずらした利用者の声として次のような内容が紹介されています[1]。
- 3月末の土日と比べて、引越し代金が安くなった
- 従業員の引越しコストを抑制できた(企業側の声)
- 予約が取りやすくなった
いずれも、事業者にとっては「閑散期に提示できる価値」そのものです。 価格、日程の自由度、対応の余裕。閑散期の営業は、この3点を伝える活動になります。
時期をずらす提案は、自社の都合で言うと値引き交渉に見えます。 国が呼びかけており、官公庁自身も実践している——この事実を添えると、提案の性格が変わります。 国土交通省のページと「かしこい引越チラシ」は、いずれも公開資料です[1]。
繁忙期集中が事業者に強いているコスト
需要が特定の時期に集中すると、事業者はピークに合わせて体制を構えることになります。 その負担は3つに分解できます。
- 稼働のピーク——車両・人員をピークに合わせて確保する。閑散期は遊休資産になり、固定費が年間を通じて重くなる
- 営業の枠——問い合わせが集中し、訪問枠が先に埋まる。訪問できない案件を断る、あるいは取りこぼす
- 品質のばらつき——短期の応援人員が増え、作業品質が揃わない。傷・破損の申出が増え、補償と処理の負担が出る
①の車両と人員は採用と設備投資の問題、③の品質は教育と体制の問題です。いずれも数か月では変わりません。 一方、②の訪問枠は、見積もりの方法を変えるだけで動きます。
断ることのコストは、集計されない
繁忙期に「訪問の予定が埋まっています」と答えた件数を、社内で集計している会社はほとんどありません。 受注にも失注にもカウントされないためです。 しかしこれは問い合わせがあったのに提案しなかった案件であり、実質的な失注です。 お客様は平均約2.7社から見積もりを取っており[5]、待ってもらえる理由がありません。
しかも、この失注には翌年以降への影響があります。断られたお客様は、次の引越しの際にその会社を候補に入れません。 繁忙期に断った件数は、翌年の問い合わせ件数から静かに引かれています。 まずは、断った件数を数えるところから始めてください。
トラブルも、繁忙期に増える構造がある
国民生活センターに寄せられた引越しの相談は、2025年度で2,703件と増加が続いています[6]。 相談内容の上位は「補償」45.2%、「クレーム処理」25.4%で、いずれも発生後の対応に関するものです[6]。 繁忙期に無理を通した分は、補償と処理のコストとして後から戻ってきます。
繁忙期に効くのは、訪問枠の節約
繁忙期に最も希少な資源は、トラックでも作業員でもなく、見積もりに出られる営業担当の時間です。 ここが埋まると、その先の車両がどれだけ空いていても受注できません。
中身は20分、拘束は半日
訪問見積もりの所要時間は、9割以上が20分以内という調査があります[4]。 現場での作業自体は短時間で終わります。時間を食っているのは、移動と、日程調整と、待機です。 20分の作業のために、半日の枠を確保している——これが繁忙期に効いてくる構造です。
仮に1日4件が訪問の上限だとすると、受注は約1.4件です(受注確率36%・※当社試算)。 残り3件弱の移動費と人件費は回収できません。 訪問を受注確度の高い2件に絞り、残りの枠を非対面の見積もりや当日の手配に回せば、同じ1日の使い方が変わります。
断らずに済ませる
繁忙期に「見積もりに伺えない」と答えることは、実質的な失注です。 非対面で荷物量を把握できる手段があれば、訪問できない案件にも見積もりを出せます。 受注できるかどうかは別として、少なくとも土俵には上がれます。
繁忙期に入ってから訪問先を選ぼうとしても、現場は目の前の予定を埋めるだけになります。 訪問する条件(荷物量、階段作業の有無、法人案件など)と、1日の訪問件数の上限を、繁忙期前に文書で決めてください。 決めていない基準は、繁忙期には運用されません。
閑散期の受注をつくる4つの打ち手
閑散期の売上は、値引きでつくるものではありません。 閑散期に検討を始めたお客様を、その場で受け止められるかどうかで決まります。
- 見積もりの入り口を、常時開けておく。 閑散期の問い合わせは、平日昼間に集中するとは限りません。夜間や休日に検討する方が多くなります。 電話と訪問だけが入り口であれば、その時間帯の検討は他社に流れます。 営業時間に依存しない入り口を用意することが、閑散期の受注の前提条件です
- 返信の速度で勝つ。 お客様が業者を選んだ理由の調査では、「見積りの連絡が早かった」が19.9%で第8位に入っています[7]。 閑散期は訪問枠に余裕があるため、速度で勝ちにいける唯一の時期です。 前夜の問い合わせに翌朝一番で概算を返せる体制は、それだけで差になります
- 時期をずらす提案を、根拠つきで行う。 国土交通省が分散を呼びかけており、利用者からも「代金が安くなった」「予約が取りやすくなった」という声が紹介されています[1]。 3月に問い合わせてきたお客様に、日程を動かせるなら2月または5月以降という選択肢を、金額の差とあわせて示してください
- 法人契約の日程を、早期に押さえる。 国土交通省は経済団体を通じて民間企業の異動時期の分散化を要請しており、同省自身も職員の異動で「赴任期間」を活用しています[1]。 分散に協力する企業側の下地はできています。分散した日程での単価と対応品質を提示できれば、交渉の余地があります
値引きは最後の手段にする
閑散期に単価を下げると、繁忙期との価格差がお客様の記憶に残り、翌年以降の価格交渉に影響します。 先に手を付けるべきは入り口の数と、返信の速度です。この2つは単価を下げずに実行できます。
あわせて、閑散期は業務の手順を変えられる唯一の時期でもあります。繁忙期に新しい仕組みは入りません。 見積書の書式、追加費用の条件の明文化、荷物量の把握方法。 これらの見直しは、閑散期にしか着手できません。 年明けからは問い合わせが立ち上がり、2月には繁忙期の体制に入ります。逆算して動ける時期は限られています。
分散化への協力は、事業者の利益になるか
分散化は、社会的な要請として語られることが多い施策です。事業者から見ると、繁忙期の高単価な受注を手放す話に見えます。 ここを、収益の構造として整理します。
ピークに合わせた体制が、年間の固定費を決めている
3〜4月の需要に対応するために確保した車両と人員は、それ以外の10か月も保有し続けることになります。 ピークの高さが、年間の固定費を決めています。 山を削って谷を埋めることができれば、同じ年間売上を、より低い固定費で獲得できます。
| 繁忙期集中型 | 平準化型 | |
|---|---|---|
| 車両・人員 | ピークに合わせて保有 | 年間の平均に近い水準で保有 |
| 繁忙期の単価 | 高い | 高い(変わらない) |
| 閑散期の稼働 | 低い(遊休) | 受注で埋める |
| 短期応援人員 | 多く必要 | 相対的に少なくて済む |
| 作業品質 | 繁忙期にばらつきやすい | 安定させやすい |
| 採用の負担 | 毎年ピークに合わせた採用 | 通年での育成が成立しやすい |
※ 上表は考え方の整理であり、特定の会社の収益を予測するものではありません。
ただし、順序を間違えない
平準化型に移るには順序があります。閑散期の受注をつくる手段を整えてから、繁忙期の受け方を変える—— この順序でなければ、単に売上が減ります。
先に整えるべきは、前章で挙げた「入り口」と「返信の速度」です。 どちらも閑散期に効くだけでなく、繁忙期の訪問枠の節約にもつながります。 繁忙期対策と閑散期対策が、同じ打ち手に収束するのがこの領域の特徴です。
なお、総務省の統計では2025年の市区町村間移動者数は5,190,548人で、前年比0.3%の減少です[8]。 市場全体が増えない以上、繁忙期の取り合いを激しくしても、業界の総取扱量は変わりません。 時期を平すことは、同じ需要をより低い費用で処理する取り組みです。
UIROという選択肢
UIROは、お客様がご自身のスマートフォンで部屋をスキャンし、荷物量を実測して見積もりの一次情報をつくる、 引越し会社向けのサービスです。見積もりの入り口を、営業時間にも訪問枠にも依存しない形にします。
お客様は、引越し会社のサイトにある「早速見積もりする」ボタンから、その場でスキャンを始めます。 業者側からURLを送る手間はありません。LiDAR搭載モデルは不要で、カメラ付きのスマートフォンで動作します。 スキャン結果から荷物量が算出され、荷物リストとともに事業者の管理画面に届きます。
- 繁忙期——訪問枠が埋まっていても、訪問できない案件に見積もりを出せます。訪問は受注確度の高い案件に集中できます
- 繁忙期——お客様がスキャンを終えた時点で荷物量と荷物リストが届くため、電話が捌ききれない時間帯の依頼も残せます
- 閑散期——入り口が24時間開きます。夜間・休日の検討を受け止め、翌朝には概算を持って連絡できます
- 閑散期——日程調整を経ずに概算を返せるため、返信速度で差をつけられます
お客様側は、人を家に入れずに済み、日程調整も電話も要りません。荷物量が実測されるため、 当日の積み残しや追加請求のリスクも下がります。業者にとっても、お客様にとっても良い形です。
出典
- 国土交通省「引越しの分散」。3〜4月への依頼集中、ピーク時期を避ける協力の依頼、経済団体を通じた民間企業の異動時期分散化の要請、同省職員の「赴任期間」の活用、利用者の声、掲載資料(大手引越事業者の月別引越件数、分散引越のお願い、かしこい引越チラシ、標準引越約款改正リーフレット、引越における消費者向けQ&A)。
https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_fr4_000022.html - Impress Watch「3月は引越し件数2倍」(2022年1月14日)。最繁忙期は3月中旬から4月上旬、2月以前または5月以降の検討の呼びかけ、全国の地方運輸局における情報提供窓口の設置。
https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1380283.html - 国土交通省「引越に関する消費者向けQ&A」。
https://www.mlit.go.jp/common/001269092.pdf - 訪問見積もりの所要時間(9割以上が20分以内)。
https://hikkoshizamurai.jp/estimate/required-time/ - 見積もり取得社数の分布(n=100)。加重平均約2.7社および訪問1件あたりの受注確率約36%は当社試算。
https://www.0003.co.jp/estimate/column/detail1.html - 国民生活センター。相談件数(2023年度2,128件/2024年度2,344件/2025年度2,703件。2026年5月31日時点)および2024年度の相談内容別内訳(n=2,345。補償45.2%/クレーム処理25.4%)。
https://www.kokusen.go.jp/soudan_topics/data/hikkoshi.html
https://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20260204_1.pdf - 引越し侍「料金だけではない!引越し業者を選ぶ理由」(複数回答)。「見積りの連絡が早かった」19.9%。
https://hikkoshizamurai.jp/report/press001/ - 総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告 2025年(令和7年)結果」。市区町村間移動者数5,190,548人(前年比0.3%減)。
https://www.stat.go.jp/data/idou/2025np/jissu/youyaku/index.html
※ 本記事で「当社試算」と表記した数値は、①訪問1件あたりの受注確率 約36%(1÷2.7)、②1日4件訪問した場合の受注 約1.4件、の2点です。
※ 国土交通省は大手引越事業者の月別引越件数を資料として掲載していますが、公表形式は主にグラフであり、月別の具体的な件数の一覧は本記事作成時点で確認できませんでした。「3月は他の月の約2倍」は出典[2]の報道による数値です。
※ 繁忙期集中が生む3つのコストの分類、表の「事業者から見た意味」欄、繁忙期集中型と平準化型の比較は、いずれも当社による整理であり、国土交通省の見解ではありません。
